プログラム著作権⑤裁判実務におけるプログラム著作権の限界と特許の必要性

    プログラム著作権⑤プログラム著作権の限界と特許の必要性


    他社プログラムが自社プログラム(あるいは、ソフトウェアないしオブジェクト)と似ている場合に、その著作権侵害を理由として差止め請求や差損害賠償請求をしたいという例があります。この場合にこうした著作権侵害が実際に裁判で認められるでしょうか。

    先例としては東京地判平15.1.31があり、結論は著作権侵害はないというものでした。その後の類似判例も一貫して著作権侵害を認めていません。

    その理由は、そもそもプログラムに著作権が発生するのはソース・コードです。ソースからコンパイルされたオブジェクトに表れたアイデアは、それ自体は著作権保護対象外。つまり、ソース自体がほぼ同じ、という場合でなければ著作権侵害は起こりません。現実には一つのオブジェクトに対するソースの書き方は無限にあるわけですので、そうなればプログラムに著作権侵害は全く生じない、といっても過言ではありません。
    正確に判例判断を分析すると、ソースの記述に類似ソースの「本質的な特徴を直接感得することができるかどうか」(東京地裁H24.12.18判決)という点が基準になりますが、これによって認められる著作権侵害はデットコピーくらいのものです。

    なぜ判例がこうした著作権侵害を認めないのかといえば、上述のとおり著作権法ではアイデアやオブジェクトに表れた機能自体は保護していない、しかし、侵害を訴える側は主にアイデアやオブジェクトの機能の類似性を主張して訴えている、そうした原告と裁判所の認識の乖離にあるような気がします。
    そもそも競合他社のソースなどは見たこともないわけで、事実としてソースがデットコピーであったとしても、いざ訴えてソースを開示させても、改ざんの可能性もありで、なかなかソースの同一性立証は難しいでしょう。
    これを証拠保全の方法によって訴前に確保する手段もありますが、それ自体(東京地裁)保全部はあまり認めません。(模索的に過ぎるため。)

    また、仮にソースがほぼ同じだという立証に努力を重ねて成功したとしても、それがありふれた表現ということであれば、著作権侵害は否定されてしまいます。どういうことかというと、一定の課題クリアや機能具現のために工夫を重ねていくうちに、誰でも同じようなソースを作るということになる、つまり、そのソースは誰でも辿りつけるようなものであるとすると、そうした「ありふれた表現」(と言います。)は、著作権による保護は与えられない、ということになるのです。

    こうして、著作権侵害がプログラムに認められる可能性はかなりにおいて限定されることになるでしょう。

    そうなると、結局侵害を訴える場合には、他の手段に寄ることが良いという事にならざるを得ません。方法としては、不正競争防止法違反(同法2条1項7号の営業秘密違反)、退社する社員に競業避止義務誓約書を作成させ、その違反、といったケースが訴訟で「よくある」主張です。が、これらによって認められる場合も著作権侵害と同じ程度で、かなり難しいというのが結論です。(一般論ですが、営業秘密違反の主張は殆どが秘密管理性の欠缺が指摘されてしまう。)

    そうなると正攻法で自社のアイデアやオブジェクトの機能を保護したいのであれば、特許を用いる以外にない、という結論になると思います。

    プログラムについての著作権が現在騒がれる可能性があるとすれば、OSSの分野(GPL、LGPL、MPL、BSDの4類型だが、主にGPL、LGPL)だと思います。


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